タイの福利厚生・各種手当 日系企業の制度と現地人事の運用実務

タイの企業では食事手当や通勤手当、皆勤手当などが広く使われています。日本にも似た制度はありますが、手当の種類や支給条件には違いがあります。

福利厚生は社員が他社と待遇を比較する際の判断材料です。特に工場では周辺企業の福利厚生がよく話題になり、手当の増額や制度の改善を求める声が人事部門に寄せられます。

本記事ではタイ企業の主な福利厚生と手当の運用を取り上げ、他社との待遇比較や制度の見直しについて、現地人事の実務経験をもとに解説します。

タイ企業で使われる主な福利厚生・手当

基本給とは別に各種手当を支給するほか、医療保険や社員向けイベントなどの福利厚生を設けています。

日本でも通勤手当や住宅手当は一般的ですが、タイでは皆勤手当や食事手当もよく見られます。製造業では夜勤手当や送迎バスなど、工場の勤務形態や立地に合わせた制度もあります。

種類主な内容
食事手当出勤日数に応じた食事代の補助。残業時に追加支給も
通勤手当距離別支給、定額支給、送迎バスの運行など
皆勤手当遅刻や欠勤のない社員に支給する手当
夜勤・シフト手当夜勤や交代勤務に従事する社員への手当
住宅手当家賃や住居費の補助
語学手当日本語や英語などの語学能力に応じた手当
役職手当監督者や管理職などの役職に応じた手当
医療保険民間医療保険への加入や医療費の補助
健康診断一般健康診断や追加検査。法令上必要な健診とは区別
慶弔見舞金結婚・出産祝い、弔慰金、葬儀費用の補助など
特別休暇結婚休暇、忌引休暇など会社独自の休暇
プロビデントファンド会社と従業員が拠出する企業年金型の積立制度
社員旅行・パーティー社員旅行、年末パーティーなどの社内イベント
その他誕生日祝い、休憩ラウンジ、社員食堂など

これらをすべて導入しているわけではなく、企業の規模や業種、所在地によって内容は異なります。工場とバンコクのオフィスでは、社員が必要とする福利厚生も違ってきます。

食事・通勤・皆勤手当の運用

食事手当

タイの工場では食事手当(Meal Allowance)の支給に加え、社員食堂を設けたり、食事そのものを提供する企業もあります。このあたりは日本の工場と共通しています。

現金で支給する場合は出勤日数に応じて金額を計算する方式が一般的です。残業時には通常勤務分とは別に食事手当を支給することもあります。

リモート勤務の日をどう扱うかも運用上のポイントです。以前勤めていた会社ではリモート勤務の日も通常どおり食事手当を支給していました。

通勤手当

通勤手当(Transportation Allowance)は会社の立地や社員の通勤手段によって運用が変わります。
バンコクのオフィスと地方の工場では事情が全く違います。工業団地では送迎バスを運行する企業がありますが、送迎がなければ自家用車やバイクで通勤する社員が中心になるでしょう。

通勤距離に応じた支給は公平ですが、人数が多いと管理には難しさがあります。送迎バスは運行せず、通勤手当は距離に関係なく一律支給していました。

タイでは賃貸住宅を短期間で転々とする社員がおり、賃貸の手続きも簡単です。日本ほど賃貸契約や住所変更の手続きが徹底されておらず、会社に届け出た住所と実際の居住地が違っていることが多々ありました。

例えば遠方から会社の近くへ引っ越しても、住所変更を申告しなければ以前の高い通勤手当が支給され続けます。距離別支給ではこうした実態の確認が難しく、人事総務の負担も大きくなります。

一律支給なら社員が住所変更を申告していなくても手当の支給額には影響しません。会社の近くに住む社員は通勤費を安く抑えられ、会社としても近隣に住んでもらえるメリットがあります。

ただし遠方から通勤する社員には不利で手当が足りないという声も出てきます。本来は通勤距離に応じて支給する方が公平ですが、実際の住所を把握し続ける難しさもあり人事責任者として悩ましいところでした。

皆勤手当

日本にも皆勤手当(Attendance Allowance)はありますがタイでは特によく使われる制度です。遅刻や欠勤を減らし安定した出勤を促す目的があります。

タイでは病気休暇(Sick Leave)について年間30労働日まで賃金の支払いが認められています。皆勤手当には遅刻や欠勤を抑えるだけでなく、病気休暇の取得を抑制する狙いもあります。

病気休暇を取得した場合は皆勤手当の支給対象から外す運用が見られます。遅刻や早退については、回数に応じて減額するなど会社ごとに支給条件を設けています。

社員旅行・年末パーティーなどの福利厚生

タイでは社員旅行や年末パーティーも福利厚生の一つです。日系企業だけでなくタイ全体で広く実施され、従業員同士の交流や日頃の労をねぎらう機会になっています。

社員旅行

社員旅行には日帰りと宿泊を伴うものがあり、行き先や内容は会社によってさまざまです。

勤めていた工場では年に1回、1泊2日の社員旅行を実施していました。行き先や活動内容は福利委員会(Welfare Committee)から提案を受け、人事総務が予算や運営面を調整する形です。希望がすべて通るわけではなく、予算を超える提案は見送ることになります。

参加率は当初の約7割から次第に5割程度まで下がりました。家族との時間や自分の休日を優先する社員が増えていたことも背景にありました。

日本ではかつて一般的だった社員旅行も、今では実施する企業が減っています。タイでも家族や自分の休日を優先する社員が増えているように感じます。社員旅行に対する考え方も日本と同じ方向に変わってきているのかもしれません。

年末パーティー

タイでは年末パーティーも社員にとって楽しみなイベントの一つです。食事や余興、抽選会などが行われ、会社によってはかなり盛大な催しになります。

社員旅行と違って一晩で終わるため参加しやすく、参加率も高いものでした。社員に喜んでもらうにはイベントの豪華さだけでなく参加しやすい日程や内容も重要でしょう。

誕生日祝い・休憩ラウンジなど独自の福利厚生

食事手当や通勤手当は基本的な待遇として比較されやすいものですが、それだけでは他社との差を出しにくいところです。

そこで誕生日祝い、社員向けの休憩ラウンジ、無料の飲み物や軽食など、会社独自の福利厚生を充実させる方法もあります。大きな予算をかけなくても、社員が日常的に利用できる制度なら職場の魅力を高められます。

福利厚生の水準を他社とどう比較するか

タイで福利厚生を見直す際には周辺企業がどのような制度を設けているかが重要な判断材料になります。特に工業団地では社員同士の情報交換もあり、他社の手当や福利厚生について従業員から話が出てきます。

他社の水準を調べる方法としては商工会議所や人材紹介会社、工業団地などが実施する給与・福利厚生調査が代表的です。調査に協力すると集計結果を受け取れるものもあり、自社の待遇を他社と比較できます。

調査資料だけでは分からないこともあります。日本人同士の企業交流会では他社の人事担当者に話を聞き、現地スタッフにも周辺企業の待遇を調べてもらっていました。こうした地道な情報収集も他社比較には欠かせません。

こうして集めたデータをもとに、自社の手当や福利厚生が他社と比べてどの水準にあるかを確認します。例えば医療保険の補償内容が周辺企業より劣っていれば改善を検討する根拠になります。

他社比較は社員からの要望に対応する際にも有効です。福利委員会に現状を説明する材料になるほか、日本本社に予算を申請するときにも客観的なデータとして使えます。他社調査は手当を増やすためだけでなく、増やさない判断をするためにも役立ちます。

こうした他社水準の調査は現地スタッフの採用給与を決める際にも参考になります。

福利厚生の改善事例と採用を見送った要望

福利厚生の見直しには他社との待遇差や物価の変動、社員の定着など、さまざまな理由があります。

実際に改善した福利厚生

医療保険は他社調査がきっかけでした。周辺企業と比べて補償内容が見劣りしていたため、改善に踏み切りました。

プロビデントファンド(Provident Fund)は社員の資産形成を支援する制度です。会社と社員がそれぞれ拠出する仕組みで、長く働いてもらうことへの期待も込めて導入しました。

通勤手当は燃料価格の上昇に対応して増額しました。自家用車やバイクで通勤する社員の負担が増え、従来の支給額では十分ではなくなったためです。

見送った社員からの要望

社員から寄せられる福利厚生の要望については必要性や費用を考えて採用を判断します。

例えば、朝の出勤時に会社が簡単な朝食を用意してほしいという要望がありました。すでに食事手当を支給しているにもかかわらず、さらに朝食まで会社に求めるという話でさすがに採用は見送りました。

皆勤手当についても、毎月の支給とは別に年間皆勤手当を設けてほしいという要望がありました。他社に導入例はあるもののすでに月額の皆勤手当を支給している以上、さらに上乗せする効果には疑問が残ります。

福利厚生は新しく設けるより、後から廃止・縮小する方が難しいものです。社員からの要望を受け入れる際にはその制度を何年も続けることまで考えておきたいところです。

手当を新設・変更するときの注意点

例えば燃料価格の上昇に対応して通勤手当を増額する場合です。燃料価格が下がっても一度増額した通勤手当を会社の判断だけで減額するのは難しくなります。燃料価格に応じて支給額を調整するなら導入時から計算方法や見直しの条件を決めておくべきでしょう。

基本給を引き上げるのか、別の手当として支給するのかによっても総人件費への影響は変わります。基本給を増額すると残業代や賞与にも影響するため、実際の人件費は昇給額以上に増加します。
ただし、手当として支給すれば必ず残業代などの計算対象から外れるわけではなく、その性質や支給条件にも注意が必要です。

特に減額を伴う変更は労働条件の不利益変更にあたる可能性があるため、タイの労働法上の扱いを確認したうえで進める必要があります。

基本給の引き上げは昇給原資や人事評価の考え方とも切り離せない問題です。

福利厚生は採用・離職にどこまで影響するか

社員を採用する際、応募者がまず気にするのは基本給でしょう。福利厚生も比較対象にはなりますが、食事手当や通勤手当のわずかな差で入社先が決まるとは考えにくいところです。

ところが入社後は事情が変わってきます。社員同士の情報交換を通じて他社の待遇を知り、入社時には気にしていなかった手当の差が不満につながるからです。こうした不満は福利委員会にも持ち込まれ、改善を求められます。

周辺企業と比べて待遇が明らかに劣っていれば、それが現地スタッフの離職理由にもつながるでしょう。逆に、他社にはない福利厚生を設ければ自社ならではの魅力として採用活動でもアピールできます。

福利厚生は一度充実させるとそれが社員にとっての当たり前になります。だからこそ何でも増やすのではなく、社員が本当に求めているものを見極めることが大切なのでしょう。

まとめ

日本本社から見ると食事手当や通勤手当はそれほど大きな金額ではないかもしれません。社員旅行や年末パーティーも福利厚生の一項目にすぎませんが、現地ではその準備や運営にかなりの手間がかかります。

手当の金額をめぐる社員との交渉から制度の見直し、社内イベントの運営まで。福利厚生は現地人事の仕事の中でも思いのほか手間と判断を求められる分野です。

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