海外拠点で現地スタッフを管理する仕事は日本で日本人の部下を管理する仕事とは勝手が違います。
言葉や文化の違いはもちろんあります。実際に海外で管理する立場になると、それ以上に難しいのが日本本社と現地スタッフの間に立つことです。
日本本社からは日本での仕事の進め方や会社としての方針が下りてきます。現地には現地の労働市場があり、給与体系や通勤事情、上司との関係、仕事に対する考え方も同じではありません。
海外拠点の管理者にはこの間をつなぐ役割があります。
私自身、ベトナムでは人材紹介会社で北部エリアのマネジメント、タイでは製造業で人事・管理に携わりました。その中では日本で当たり前だと思っていたやり方が通じなかったことも、日本人である自分が前に出すぎたことでうまくいかなかったこともあります。
そうした経験から、海外拠点で現地スタッフを管理するときに気をつけたいことをまとめます。
日本からの指示をそのまま現地スタッフに落とさない
海外駐在員として現地組織を管理していても上司は日本にいるケースがよくあります。レポートラインが日本にあれば営業会議などで示される会社の方針も、日本側の感覚を前提としたものになります。
そこで受けた指示をそのまま現地スタッフに伝えてもうまくいくとは限りません。
ベトナムで北部エリアを管理していたときのことです。
業績が悪ければ日本側の上司から厳しく数字を追及されます。「もっと数字にコミットさせろ」という指示だけでなく、業績が改善しなければ拠点そのものをどうするのか、といった厳しい話まで出ます。
当時の私は日本側から受けた業績に対する怒りや危機感をそのまま現地スタッフにも伝えていました。
しかし、これはうまくいきませんでした。
現地スタッフにとって自分の売上目標は分かりやすいものです。しかし、オフィス全体の業績まで管理者と同じように背負っているわけではありません。
日本側から「このままではオフィスを維持できない」と言われれば、現地を任されている管理者にとっては切実な問題です。しかし、その危機感をそのまま部下に伝えても同じように受け止めてもらえるわけではありません。
日本本社と日本人管理者だけが焦り、現地スタッフはそれを少し離れたところから見ている。そんな状態を自分で作ってしまいました。
ここで管理者が引き受けるべきなのは日本本社からのプレッシャーそのものです。部下に渡すのはそのプレッシャーではなく、それぞれが何をすべきかという部分です。
業績について詰められるのは現地を任されている管理者である私の仕事です。そこで感じた焦りまでそのまま現地スタッフにぶつけても、同じ温度感にはなりません。
日本本社から求められていることと、現地スタッフに伝えるべきことは同じではありません。
海外拠点の管理者には日本から受けた指示をそのまま下へ流すのではなく、現地スタッフに何を求めるのかを自分で整理して伝える役割があります。
日本と同じルールで管理しない
日本本社と現地の違いはスタッフへの指示だけではありません。
タイの工場で働いていたとき、雨による遅刻をどう扱うかという問題がありました。
タイでは大雨が降ると道路が冠水し、渋滞が一気にひどくなります。工場ではバイクで通勤しているスタッフが多く、無理に時間どおり来させようとすれば事故にもつながります。
しかも、年に1、2回の話ではありません。
日本であれば電車の遅延など明確な理由がなければ、基本的には遅刻として扱う会社が多いでしょう。
タイでも毎回雨を理由に遅刻を認めるわけにはいきません。どう考えても通常どおりの通勤が難しい日は管理者の判断で遅刻の扱いを緩和していました。
ここで難しいのが日本本社から見たときにどう映るかです。
雨が降ったので今日は遅刻扱いにしません、という運用は日本から見ればかなり緩く感じるはずです。
全員を通常どおり遅刻扱いにすれば勤怠だけでなく給与にも影響します。現地では毎年起きている事情なのに、日本と同じ基準を当てはめることが本当に公平なのかという問題も出てきます。
こういう判断は現地にいる管理者がするしかありません。
日本本社のルールを守ることは前提です。現地で働いていると日本と同じ扱いでは無理が出ることがあります。大雨による遅刻はその一つでした。こうしたときにどこまで現地の事情を認めるのかは、現地にいる管理者が判断するしかありません。
ちなみに私自身も大雨で何度か遅刻しました。
現地スタッフより遠い場所から通勤していたため、スタッフがすでに出社している中、あとから職場に着いたこともあります。日本人管理者としてはかなり気まずいのですが、タイ人スタッフは笑って迎えてくれました。
「日本人管理者は現地スタッフの見本であるべきだ」という考え方は間違っていません。
海外で働いている間ずっと「日本人として見本にならなければ」と気を張っている必要もないと思います。
現地スタッフに笑われながら出社する。そういうことを繰り返しながら自分自身も少しずつ現地の働き方に馴染んでいきました。
現地スタッフに日本の働き方を理解してもらうだけでなく、日本人管理者の側も現地に染まっていく。そのくらいでちょうどいいと私は思っています。
現地スタッフを国籍だけで見ない
海外で人事やマネジメントをしていると、タイ人は給与にシビアだ、ベトナム人は少しでも給与が高い会社があれば転職する、といった話を聞きます。
タイとベトナムで採用や人事に関わりましたが、給与に対するこだわりが日本人と大きく違うとは感じませんでした。
タイの工場ではワーカーの基本給を最低賃金に近い水準とし、そこに各種手当を加える給与体系が一般的です。
日本で働いていると最低賃金そのものを基本給の基準として意識する機会は中々ありません。そのため日本人から見ると「なぜこの給与で働き続けるのか」と感じることがあります。
しかし、周辺の工場も似たような給与体系であれば、それがその地域、その職種の労働市場になります。もちろん働く側からすれば給与は高い方がいいので昇給の要望は出ます。それ自体は日本人でも同じです。
同じタイ人でも営業や経理などのスタッフを採用すると話が変わります。
採用時の給与交渉はかなりシビアでした。
他社でも採用される可能性があり、企業側も少し良い条件を提示して人材を採ろうとします。本人から見ても転職によって給与を上げられるステージが見えています。
そういう労働市場にいる人が給与を交渉するのは自然なことです。
逆に工場勤務でも長く働いているスタッフになると多少給与が上がる程度では転職しない人もいます。
長く働いて仕事にも職場にも慣れている。人間関係もできている。それを捨てて別の会社へ移るにはそれなりの理由が必要になります。
これも日本と大きく変わりません。
タイやベトナムでは給与への不満を本人から直接伝えられることがあります。給与を上げてほしい、他社ではこれくらいもらえる、と会社との交渉材料にするため、日本人管理者からすると給与へのこだわりが強く見えます。
日本では給与に不満があっても会社と直接交渉せずに転職活動を始める人が多いでしょう。そしてより条件の良い会社への転職が決まってから退職を伝えます。
この二つは行動こそ違いますが、どちらも「今より良い給与を得たい」という点では同じです。タイやベトナムでは不満を会社との交渉に使い、日本では転職という形で表に出る。
両方で働いてきて、給与を気にする度合いそのものに大きな違いがあるとは感じませんでした。違うのは給与に不満を持ったときにそれを会社に直接ぶつけるか、転職先を探すことで解決するかです。
海外で長く働いているとこうした行動の違いを日本人かそれ以外かで説明したくなる場面があります。私自身もそう考えてしまったことがあります。
同じタイ人でも工場のワーカーと営業や経理では給与への反応が違い、同じ工場でも長く勤めている人と転職したばかりの人では違います。
同じ国籍でも職種や経験によって転職先の選択肢は違います。今の会社に残る理由がなければ転職を考えるのも当然です。
現地スタッフの直属上司を飛び越えて指示しない
タイでは製造業にいたため、私の下に現地人マネージャーがいて、その下に実務を担当するスタッフがいる組織でした。
こうした組織では基本的にはマネージャーを通して指示を出します。
実際に仕事をしていると「自分で担当者に確認した方が早い」と思う場面があります。私もタイで何度か担当者と直接やり取りしていました。
タイで他社の手当に関する運用を調査したときのことです。
調査の概要は現地人マネージャーに伝えていました。調べ方を間違えると欲しい情報が集まらないため、細かい部分については実際に調査するスタッフへ私から直接確認していました。
結果として、私とマネージャーの間で調査範囲や対象にずれが生じました。
スタッフからするとマネージャーから聞いている話とその上の管理者から直接聞く話が完全には一致しません。誰の指示を基準にするかによって、出てくる情報まで変わってしまいました。結局、一部を調べ直すことになり、直接話した方が早いと考えたことが逆に二度手間になりました。
この経験から業務の指示はマネージャーを通すことを意識するようになりました。
といっても一般スタッフと直接話さないようにしていたわけではありません。仕事の指示とは別に本人に直接伝えたいこともありました。
例えばスタッフへの評価です。
日常的な評価やフィードバックは直属のマネージャーから伝えるのが基本です。それとは別に私自身が見て感じたことは本人にも直接伝えるようにしていました。
総務のスタッフであれば、「ほかのスタッフに気持ちよく働いてもらおうという意識がある」「ほかの人より対応が丁寧」といったことです。
英語で話していたスタッフには「英語力自体はまだまだだけど、何とか伝えようという意識が強いからちゃんと伝わっている」と話したこともあります。
こうした話は直属のマネージャーから伝えられるのと直接言われるのとでは受け取り方が違います。
外国人の管理者は一般スタッフからすると役職だけでなく言葉の面でも距離があります。スタッフと話すときはできるだけ笑顔で接するようにしていました。
役職が上でしかも外国人となるとそれだけでスタッフは構えます。普段から話しにくい相手になってしまうと何かあったときにも話が上がってきません。
仕事の指示はマネージャーを通す。ただし一般スタッフとは直接話す機会も作る。指示系統を守ることと、スタッフとの距離を縮めることは別の話です。
「日本人がやった方が早い」から抜けられなくなる
海外で日系企業向けの営業を立ち上げるなら最初から現地スタッフだけで営業するより、日本人営業を置いた方が早く数字につながりやすいです。
日本人担当者に日本語で連絡し日本人同士で商談する。特に事業の立ち上げ期にはこのやり方が大きなブーストになります。
ベトナムで人材紹介の営業をしていたときもそうでした。
まず私自身が動いて顧客を開拓し、現地スタッフにはその後のフォローに入ってもらう。この形が効率的でした。
しかし、これを続けると別の問題が出てきます。
顧客は日系企業が中心になり、現地スタッフの仕事も私がつないだ日系企業とのやり取りが中心になります。
現地スタッフにも営業として数値目標を設定します。日本人の顧客と先方の現地スタッフをつなぎ、そこから現地スタッフ同士で関係を作ってもらおうともしました。
それでもなかなか日本人抜きでは営業が走りません。
現地スタッフから見ても日本人が最初に顧客と話をつけてくれた方が商談を進めやすい。当然、そちらを選びます。
日本人が前に出る。商談が取れる。現地スタッフが後方からフォローする。次の案件でも日本人が前に出る。気づけばこの形が一番効率の良い営業方法になっていました。
これを「現地営業スパイラル」だと思っています。厄介なのは誰かが仕事を怠けているわけではないことです。
日本人営業は数字を作るために動いている。現地スタッフも任された仕事をしている。現地拠点の成績に責任を持つ日本人管理者からすれば、自分が動いて売上を作るのも当然です。
短期的にはむしろ合理的です。
ところがその合理的なやり方を続けた結果、日本人が前に出なければ新しい商談が始まらない組織ができてしまいます。このやり方で困るのはさらに事業を大きくしようとしたときです。
私が前に出れば数字は作れる。でも、個人が営業できる企業数には限りがあります。日本人営業を増やせばコストがかかる。現地スタッフを増やしても、結局その前に日本人が顧客をつながなければならない。
これでは人数を増やしてもなかなか次の段階に進めません。
日本人がやった方が早いのは事実です。私自身、それで数字を作ってきました。
それでも自分が動き続けるほど、現地スタッフだけでは動けないスタイルが残っていきます。目の前の数字を追っていたときにはこの矛盾になかなか気づけませんでした。
数字を落とせば日本から詰められる。でも、自分が数字を作り続ければ現地スタッフが前に出ない。この間でどう動くかは、海外拠点の管理で難しいところです。
海外拠点の日本人管理者は「翻訳」する立場にいる
ここまでの経験を振り返ると、海外拠点の日本人管理者には「翻訳」の役割があると感じます。
ここでいう翻訳は日本語をタイ語やベトナム語に訳すことではありません。
日本本社から見えている海外拠点と、現地で毎日働いているときに見える海外拠点は同じではありません。現地スタッフからも日本本社の事情がすべて見えるわけではありません。
その間に立ってどちらかの言葉をそのまま反対側へ渡すのではなく、現地で機能する形に変える。これが海外拠点で日本人管理者が担う仕事の一つです。
海外でのマネジメントは日本で覚えた管理方法を現地スタッフに教える仕事ではありません。日本側のやり方を変えることもあれば、自分自身が現地に合わせて変わることもあります。
その中で、日本人が細かな仕事を抱え続けなくても、現地側で判断して仕事を進められる範囲を少しずつ広げていく。
自分がいなくても回る部分を増やしていくことが海外拠点を管理する立場の仕事です。
